No.269『自分の気持ちをうまく伝える』

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こころが休まる本

恋人がデートの場所などを何でも勝手に決めてしまう。ときには私の意見も聞いてほしいのに……。
近所の苦手なタイプの人に、よく遊びに誘われる。楽しそうなふりをしているが、内心は迷惑に思っている……。
人間関係のストレスには、さまざまな原因がありますが、おもなものをふたつ挙げれば、「してほしいことをしてくれない」「したくないことをさせられる」ということではないでしょうか。

他人は、なかなか思い通りには動いてくれません。
では、どうやってストレスを軽減すればよいのかというと、できるかぎり「自分の正直な気持ちを伝える努力をする」ということです。
本音を吐き出しても、現実が思い通りになるわけではありません。しかし、自分の心に抑え込んだものを発散できれば、あまりわだかまりは残らないものです。

自分の気持ちを表すのが下手な人は、「友達ならこうしてくれるべきである」「恋人ならこうしてくれるはずだ」という言い方をよくします。
「私のわがままを聞いてほしい」ではなく、「恋人なら、わがままを聞いてくれるべきである」。
自分の感情を表そうとせず、一般論として述べようとするのです。

「私は、あなたにこうしてほしい」という言い方をすれば、「自分が相手に要求している」という引け目を意識せざるをえません。そして、もし断られたときは、自分が相手に拒絶されたことになってしまいます。
だから、心と心の直接対決を避け、「友達なら」「恋人なら」という言い方をして、自分の本心は押しかくし、相手の義務だけを強調するのです。

「友達なら、親身になって相談に乗ってくれるべきなのに」
「恋人なら、私が何も言わなくても気持ちを察してくれるべきなのに」
「親は、子供の自由な意思を尊重してくれるべきなのに」
何もかも、義務を果たそうとしなかった相手が悪いというわけです。
そして、自分は何も要求せず我慢しているのに、他人は好き勝手ばかり言っている、自分だけが損をしている、となってしまうのです。

たしかに、それらの「すべきこと」は、理屈では正しいことなのかもしれません。
しかし、いま自分が向き合っているのは、漠然とした対象ではなく、血の通った生身の人間です。「友達というもの」ではなく、「田中一郎という友達」なのです。
事情は人それぞれに違いますし、考え方も異なります。
自分が相手にどうしてほしいのか、相手はどう思っているのか、ということを個別に、具体的に、本音をぶつけ合って探っていかなければなりません。

他人に「〜すべきだ」という建前を強要する人は、自分が要求しているという意識がないので、あれもこれもと際限なく高い理想を押しつけてしまいがちです。
しかし、「自分が相手に要求している」と認識している人は、何もかも押しつけてはいけないという自制が働きます。さまざまな欲求の中から、「せめてこれだけは」というものを選りすぐって、「お願いする」という態度で示すから、聞き入れてもらいやすいのです。
自分の欲求をはっきりと主張できる人は、「どうしても我慢できないこと以外は、大目に見よう」と、かえって他人に寛容になれるものなのです。

思っていることをはっきり言ってしまえば、相手に嫌われてしまうのではないかという不安を感じる人もいるかもしれません。
しかし、本音をぶつければ嫌われてしまうような相手なら、遅かれ早かれ嫌われることになるでしょう。その相手は、「自分に逆らわない人」が好きなだけなのですから。
我慢に我慢を重ねた挙げ句、結局、相手は離れていき、「今までの苦労は何だったんだ」と憤慨するのがおちでしょう。

しっかりとした自分の主張をもっている人は、自分の要求を断られても、相手を恨んだりはしません。「断る」という相手の主張もちゃんと尊重できるものです。
他人に何かを要求することは、悪いことではありません。ただ、それを当然のように押しつけてはいけないというだけなのです。
自分の要求を他人に断られたとしても、自分が拒絶されたのではなく、相手は相手なりの考えを主張したにすぎません。
こちらが要求する権利があるなら、相手が断る権利もあります。それらは対等の権利であり、どちらが勝ちというわけでもないのです。

自分の望みは、はっきり他人に伝える。他人の要求に対し、嫌なものは嫌だと断る。それが健全な人間関係です。
もちろん、相手をいたずらに傷つけないよう、言い方には充分に気をつけるべきです。
「どうすれば自分の思い通りになるか」ではなく、「どうすれば自分の気持ちをうまく表現できるか」ということを第一に考えるべきです。
そのためには、まず、自分の欲求をはっきりと自覚することが大切なのです。

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