No.264『自分の幸せに目覚める』

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20代後半の会社員Aさんは、自分の嫉妬深い性格に悩んでいます。
同僚が先に出世すると、口では褒めたたえつつも、心の中では「会社をクビになればいいのに」と思ってしまいます。
友人の結婚を祝福しながらも、「ケンカして離婚すればいいのに」と願ってしまうのです。
他人を妬んでばかりいる自分が情けなく、また、思っていることが顔に表れてしまっているのではないかと心配で、嫉妬心を抑えようとするのですが、なかなかできません。

Aさんは、教育熱心な家庭に育ちました。いい大学に入り、一流企業に就職することが絶対の幸せだと信じ、勉学一筋に励んできました。
いい大学に入ったまではよかったのですが、そこで張りつめていた心の糸がプツンと切れ、勉強に身が入らなくなって、2年も留年してしまいました。
Aさんはすっかり自信をなくし、何とか就職はできたものの、希望した職種にはつけませんでした。
その挫折をきっかけとして、性格がひがみっぽくなり、他人の不幸を願うようになってしまったのです。

Aさんは、親の願望を満たすことが自分の幸せなのだと信じて、がんばってきました。
いい大学に入り、いい会社に入って豊かな暮らしをし、幸せな結婚をする。まさに「絵に描いたような幸せ」を夢見てきたのです。
しかし、大学の途中で勉学につまずいたとき、「何かが違う」ということに気づいてしまいました。「言われたとおりに必死にがんばってきたのに、ちっとも達成感や充実感をえられないじゃないか。いったい、いつまで走り続ければいいんだ」と。

自分の求めている幸せが、本心から願っているものであれば、どんなに大きな困難が立ちはだかっていようとも、それを乗り越えようという気力はわいてくるものです。
幸せに向かってまい進していること自体に幸せを感じられるのです。
しかしAさんの幸せは、親から押しつけられたものにすぎず、芯が通っていないので、ちょっとつまずいただけで、すぐにへなへなと力が抜けてしまったのです。

これ以上はがんばれない。でも、他人に負けるのは悔しい。
そこでAさんは、「他人が落ちてくれればいい」と考えるようになりました。
他人が不幸になってくれれば、労せずしておざなりの幸福感を味わうことができます。
こうして、Aさんの心は嫉妬に支配されるようになってしまったのです。

他人の幸せを妬んだり、他人の不幸を願ったりしてしまう人は、えてして、本当の幸せというものが判っていません。
自分の本当の幸せに目覚めれば、他人と較べていちいち嫉妬したり悩んだりすることはなくなるのです。
Aさんが心がけておくべきことは、「自分の幸・不幸は、自分自身が決める」ということです。
自分の幸せは自分が決めるものだし、他人の幸せもまたその人自身が決めることなのです。

Aさんが、先に出世した同僚のBさんをうらやみ、「クビになればいいのに」と願っていたとします。
そして、仮にBさんが本当に何らかの理由で会社を辞めることになったとしても、それがAさんからは不幸に見えるのかもしれませんが、Bさんが自分を不幸だと思っているとはかぎりません。
Bさんが、肩書きや収入にとらわれずに生きている人であれば、ほかの会社で一からやり直すか、自分で起業するなどして、それなりに生きがいを見つけてやっていくことでしょう。
また、たとえ仕事がうまくいかなくても、Bさんは趣味を楽しんだり、愛する家族との語らいに幸せを見いだしたりしているのかもしれません。
Bさんが会社を解雇されたことは、Bさんにとって不幸でも何でもなく、人生のひとつの転機にすぎないのです。

幸せな結婚をしたCさんが、その後、夫婦仲がうまくいかなくなり、離婚をしたとします。
Cさんが、単なる見栄や世間体のために結婚したのでなければ、離婚したことも、Cさんにとってマイナスになるとはかぎりません。
Cさんが何でも前向きに考える性格の人であれば、苦労も痛みも引き受けて、離婚という経験から何かを学び、さらに大きな幸せをつかもうとするでしょう。
Cさんにとって、離婚は新しい人生を踏み出すためのステップとなるのです。

人生に起こるさまざまの出来事は、それ自体に幸福も不幸もなく、ただの「変化」にすぎません。それをどう受け止めるかは、自分の心が決めることです。
いくらAさんが「他人が不幸になればいい」と願い、たとえその通りになったとしても、それはAさんの基準に照らしての不幸にすぎず、相手にとっての不幸ではないのです。
他人と較べて自分は幸福だの不幸だのと言っているのは、滑稽な独り相撲にすぎません。

そう考えれば、他人に嫉妬することのバカバカしさに気づくのではないでしょうか。
自分の幸せの基準に従って生きていない人は、どんなに体裁をつくろっても不幸なのだし、自分の幸せに目覚めている人は、どんな不運が起こっても、それを幸せに変える力をもっています。
自分の幸せは自分が決めるのだということが判っている人は、他人の幸せを奪うことなどできないということも判っているのです。

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