No.236『見方を変えれば、幸せになれる』

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こころのおそうじ

こころが休まる本

ある寺の門前に住む老婆が、雨が降ったといっては泣き、晴れたといっては泣いて暮らしていました。
寺の僧が「何がそんなに悲しいのか」ときいたところ、老婆はこう答えました。
「私にはふたりの息子がおり、ひとりははき物屋を、もうひとりは傘屋をやっております。雨が降ればはき物が売れないだろう、晴れれば傘が売れないだろうと、息子たちがかわいそうで毎日泣いているのです」。
僧は、「いや、雨が降れば傘が売れ、晴れればはき物が売れるのだから、どちらもよろこんでよいのだ」と諭したそうです。

この老婆のように、ものごとの悪い面だけを見て、悲しんだり落ち込んだりしている人はいないでしょうか。
人生には、つらいこと、悲しいことはたくさんありますが、事実そのものにはよいも悪いもなく、ただ事実としてあるだけで、それに意味づけをするのは人間です。

劣等感を抱えている人は、「自分の欠点を他人に知られれば、きっと嫌われるだろう」と怯えながら生きています。
しかし、それを欠点だと思い込んでいるのは自分だけで、他人にはまったく気にならないということも充分にありえるのです。
仮にそれが欠点だとしても、まわりの友人はすでにそれを認めた上で、それでもなお自分を尊重し、欠点に目をつぶって付き合ってくれているのかもしれません。
そういう友人こそが、真の友人だということができます。

「欠点があるから嫌われる」ではなく、「欠点があるからこそ、真の友人を見分けられる」と考えてみてください。
信頼できそうな人に、「自分にはこういう劣等感があるのだが、どうすればよいだろうか」と思いきって相談してみるのもひとつの手です。
そこから本当の友情、信頼関係が芽生えるかもしれません。
そうすれば、欠点は、自分と相手を結びつける架け橋となるのです。

自分を愛せない人は、せめて他人から愛されることによって、心にあいた穴を埋め合わせようとします。
しかし、好かれようとすればするほど、押しつけがましい態度が嫌われ、かえって傷口を広げてしまいます。
他人から嫌われることを怖れる人は、自分から「嫌われる理由」を見つけだし、それによってますます自己嫌悪に陥ってしまいます。

不満や劣等感から抜け出すためには、現在の状況を否定するのではなく、見方を変えてみることからはじめてみてください。
愛情や信頼は、長い時間をかけなければ築くことはできません。だからこそ、価値があるのです。
安直に愛を求めるのではなく、「自分に優しくしてくれる人がいたら、心からの感謝を示す」ということからはじめてみてはどうでしょうか。
愛を求めてばかりいる人は、選挙期間中だけペコペコする政治家のように、とかく感謝の気持ちを忘れがちです。
「愛は、なかなかえられないものだからこそ、ありがたいのだ」と考えるほうが、愛される確率はぐんと高くなるでしょう。

明治時代のはじめ、日本人の平均寿命は40歳にも届いていませんでした。
20歳の人は、すでに人生の折り返し地点をすぎているということになります。
乳幼児の死亡率も高かったこの時代、ただ生きているというだけで大変な幸運だったのです。
ひるがえって、はるかに進歩したはずの現代、「ただ生きている幸せ」を心から実感している人がどれだけいるでしょうか。
幸せは、それを求めているうちは輝いて見えても、手にしてしまえば色あせてしまうという虚しい矛盾を抱えているのです。

幸せが手に入らないから不幸なのではありません。
求めるものが何でも簡単に手に入ってしまったら、いったい私たちは、何に希望や生きがいを見いだして生きていけばよいのでしょうか。
ジグソーパズルは、自分で組み上げるからおもしろいのであって、完成したジグソーパズルをもらっても、うれしくも何ともありません。

幸せを求めること、それこそが幸せです。
ショーウインドウに並べられている品物をながめて「ほしいなあ」とつぶやいているときが、もっとも幸せな瞬間なのかもしれません。
そう考えれば、今すぐ、誰でも幸せになれるのです。

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