No.222『ささいなことが気になるとき』

たかたまさひろの本 累計28万部

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こころのおそうじ

こころが休まる本

ささいなことですぐに落ち込んでしまうという性格の人がいます。
「近所の人につっけんどんな態度をとられた」
「恋人にプレゼントをしたのに、お礼を言ってもらえなかった」
「友人同士が旅行に行っていたのに、自分だけ誘ってもらえなかった」
相手に文句を言おうと思っても、「こんなささいなことで腹を立てるのは大人げないと思われるのではないか」と尻込みしてしまい、さらには、人にも言えないようなつまらないことでいちいち悩んでいる自分が嫌になってしまうのです。

こういうとき、どう気分を切り替えればよいのでしょうか。
まず言えることは、ささいなことで傷ついてしまうのは、それ以上に悪いことがないからだということです。
戦火の中を逃げ回っているときや、難病に冒されてしまったときなどは、いちいち小さなことで悩んでいる暇はありません。
死ぬか生きるかという難題に直面しているとき、他人が気を遣ってくれなかったなどということは、まったくとるに足りないことです。
小さなことに敏感に傷ついてしまうのは、それ以外の状況が恵まれているからです。

潔癖症の人は、つねに自分の体を清潔にしておかなければ気がすみません。
不潔を不快に思うのは当然のことです。しかし、清潔にすればするほど、以前は気にならなかった小さな汚れもよけいに気になってしまいます。
「汚れているからきれいにしなければ気がすまない」のではなく、「きれいにしすぎるからこそ、小さな汚れが気になってしまう」のです。
「ふつうの人が気にかけないほど小さな汚れが気になってしまうということは、自分はほかの人よりもはるかに清潔なのだ」ということに気づかなくてはなりません。

野宿生活を余儀なくされている人、貧しい国で不衛生な暮らしをしている人たちは、潔癖症になる余裕もないでしょう。
小さな汚れが気になる人は、少なくとも清潔な家で、清潔な環境の中で暮らすことができるという恵まれた状況にあるのです。
悲しいこと、腹の立つことさえも、「自分にはそうなる権利が与えられているのだ」ということに目を向けてみましょう。
( ↓ つづく )

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「会社の同僚とそりが合わず、毎日イライラしている」という人は、少なくとも社会に出て働くことが許されています。
仕事がほしくても見つからない人もいますし、病気やケガで働きたくても働けない人もいます。
同僚にイライラすることができるのは、働く場のある人だけに与えられた権利なのです。

自動車は、遠くへ速く移動するための道具です。自動車のおかげで私たちの行動範囲は大きく広がり、移動に要する時間も節約することができるようになりました。
それなのに多くの人は、車に乗ったら乗ったで、交通渋滞にいら立ったり、無理に急ごうとして事故を起こしたりしてしまいます。
歩いて行ける範囲内だけで行動していれば、交通渋滞に悩まされることもないでしょう。
歩かずに車を使っているという時点で、もう充分に急いでいるのですから、それ以上に急いでイライラする必要はないのです。

恵まれている点に目を向けるということは、つらいことから目をそらしてごまかすということではありません。
幸せを実感してこそ、つらいことも受け入れることができます。
また、つらいことをしっかり受け止めてこそ、そこに差し込む一筋の光がくっきりと浮かび上がるのです。
幸福と不満は、つねにセットで受け入れなくてはなりません。
不満があるからこそ幸せを感じられるのだし、幸せだからこそ不満も生まれるのです。

不満のない人生はありえません。世界一の金持ちにも、大勢の人から賞賛を浴びている人気スターにも、彼らなりの不満はあるでしょう。
何も不満がなければそれが幸福なのかというと、けっしてそうではないはずです。
毎日が楽しいことばかりだとすれば、それが当たり前となって、すぐにそのありがたみも忘れてしまいます。人生の一面しか知らない人は、本当の幸せを実感することもできません。
つらいとき、悲しいときこそ、心からの幸せを実感するチャンスなのです。

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