No.214『どこまで自己を主張すればよいか』

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他人にどう思われるかをまったく気にかけない傍若無人な人は見苦しいものですが、他人に合わせてばかりいるのもつまらないものです。
どこまで自己を主張すればよいか。どこまで他人に合わせればよいか。
人付き合いの苦手な人が悩んでしまうのは、その加減が判らないからではないでしょうか。

自分に欲求があるのと同様に、当然ながら他人にも欲求があります。自分の幸せと他人の幸せが一致すればもっとも理想的ですが、相反する欲求がぶつかり合った場合、どこかで折り合いをつけなければなりません。
自己の主張を押し通せば他人から嫌がられるかもしれませんし、他人に譲ろうとするなら自分を抑えなくてはなりません。
その着地点をどう測るべきか。その問いに絶対正しい答えはありません。
言うなれば、「自分がもっとも心地よいと思うところ」で折り合いをつけるしかないのです。

人の性格が千差万別なら、その受け止め方も千差万別です。
いつもニコニコして愛想のいい人を「何を考えているのか判らない人」と批判する人もいます。
照れ屋で引っ込み思案な人を「まじめで誠実そうな人」と評する人もいます。
いちいち他人の意見を気にしていては、何ひとつ決められません。
他人の意見はもちろん参考にはすべきですが、最終的に自分の行動を決めるのは自分自身です。

飲食店の店主になったつもりで、料理の値段を決めることを考えてみるとよいでしょう。
どこの店でも、単価と来客数のちょうどよいバランスを考えて、「もっとも儲けが多くなる値段」にしているはずです。
中には、「お客さんによろこんでもらえることが一番の生きがい」だとして、ほとんど儲けのないほどに安くしている店もあります。また逆に、「味の分かるお客さんにだけきてほしい」として、値段を高くし、来客数を制限している頑固な店もあります。

いずれにしろ、値段を決めるのは、客ではなく店主自身です。店主が納得しているなら、それでよいのです。
自分が安い値段をつけておいて「儲けが少ない」と嘆いたり、高い値段をつけておいて「お客がこない」と怒ったりしても仕方がありません。
不満があるなら、自分が値段を変えればよいのです。値段を決めるのは店主の役目であり、権利であり、責任です。

まったく自己を主張せず、誰にも反論せず、何でも他人の言いなりになっておけば、嫌われることは避けられます。少なくとも、誰も傷つけるわけではないのですから、別に悪いことではありません。
自分の欲求もかなえたいと思うなら、それに反感をもつ人が出てくるのも覚悟しなければなりません。
「何もかも自分の思い通りになった上に、すべての人から認められる」というのは不可能です。
その加減を決めるのは自分の自由です。そして言うまでもなく、自由には責任がともないますから、自分の選択の結果は、自分の責任として受け入れなくてはなりません。

自分に自信をもち、堂々と生きている人は、すばらしいものです。
また、つねに自分は過ちを犯しやすい弱い人間であるという謙虚さをもっている人も、同じくらいにすばらしいと言えます。
どういう生き方にも、多面的な見方があります。
重要なことは、自分に合った選択をするということです。
人それぞれ、生まれもった性格も、育った境遇も違うのですから、考え方が違うのは当然のことです。自分がもっとも心地よいと思うところに落ち着けばよいのです。

「こんなことを言えば、わがままだと思われるのではないか」と悩んだとき。
「他人にどう思われるか」をいくら考えても、答えは出ません。そんなことは「人それぞれ」だからです。
考えるべきことは、「自分がそれをわがままだと思うか、どうか」ということだけです。自分がわがままだと思うならやめればよいし、思わなければやればよいのです。
自分の意志で、自分がよいと思って下した決断は、つねに正しいのです。
「自分さえよければよい」ということではなく、「他人のせいにしない」「自分の選択に責任をもつ」という意味です。

最後に、仏教の経典に載っている話を紹介します。他人の意見に振り回されてばかりいることの愚かさを描いたものです。
ある農夫の親子が、馬を引いて歩いていたところ、通りすがりの人がひそひそ話をするのが聞こえてきました。
「バカだな、馬の背があいているのだから、乗れば疲れなくてすむのに」

息子はなるほどと思い、父を馬に乗せました。しばらく行くと、別の通行人がこう言いました。
「薄情な親だ、子供も疲れているだろうに」
父はあわてて下に降りて、かわりに息子を馬に乗せました。また先から通行人がやってきて、こう言いました。
「なんと親不孝な息子だ。老いた父を歩かせて、自分は楽をしている」

親子は、誰にも文句を言われないよう、ふたりとも馬にまたがることにしました。すると、こんな声が聞こえてきました。
「大の男がふたりも乗るなんて、馬がかわいそうじゃないか」
困り果てた親子は、相談の結果、ふたりで馬をかついで帰ることにしたということです。

No.210 - 219
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