メッセージ [ No.200 - 209 ]
たかたまさひろの本 好評ロングセラー
こころが休まる本
(だいわ文庫)


たかたまさひろ(著)
大和書房
648円
リラックスブック
(だいわ文庫)


たかたまさひろ(著)
大和書房
596円
こころのおそうじ。
(だいわ文庫)


たかたまさひろ(著)
大和書房
617円

メッセージ [ No.200 - 209 ]

広告
前の10件 次の10件

No.200 『他人への不満をうまく発散させる』

哲学者ソクラテスは、あるとき、アテネの街を歩いていて、いきなり暴漢にこん棒で殴りかかられました。
ソクラテスは、痛みにうずくまりましたが、すぐに立ち上がって、また平然と歩きはじめました。
それを見ていた人たちが、「あんなひどい目にあわされて、なぜやり返さないのか」と尋ねたところ、ソクラテスはこう答えました。
「ロバが暴れて君たちを蹴ったとき、君たちはロバを蹴り返すのかね」

ソクラテスは、けっして弱虫というわけではなく、本当の意味での「強い人」なのでしょう。
聖人ソクラテスのような寛容さを身につけることは、なかなか難しいことですが、私たちも少しは見習いたいものです。
私たちは、相手に悪意がなくても、「なんて気が利かない奴だ」「なぜ私の気持ちを理解してくれないのか」などと、自分から怒りの種を見つけ出しては、腹を立ててしまいがちです。
(つづく)

No.201 『信じれば、だまされない』

恋愛に臆病になってしまうおもな原因は、「裏切られるのが怖い」ということです。
恋人に突然振られたり、浮気をされたりして、「こんなつらい思いをするくらいなら、恋愛などしないほうがましだ」と悲観してしまうのです。

この「裏切られた」という思いには、大きく分けてふた通りの前提があります。
「私を愛していると言ったくせに、その約束を守らなかった」
「せっかく私が愛してあげたのに、それに応えてくれなかった」
言い換えれば、ひとつ目は「相手に愛を強要すること」、ふたつ目は「自分の愛を押しつけること」です。
どちらにしても、「嫌われたくない、認めてほしい」という自分の欲求が先にあったことが判ります。
裏切られる不安をなくすための第一の方法は、自分の欲求を相手に押しつけないことです。
(つづく)

No.202 『安心できる関係とは』

恋人同士が付き合いはじめのころは、相手に好かれようとして、互いに格好をつけてしまうものです。
ふだんは言わないような優しい言葉をかけ、分不相応に高価なプレゼントをし、頭のいいところを見せようとします。
しかし、長く付き合っているうちに、どうしても気取ってばかりはいられなくなり、嫌な部分も見せ合わざるをえなくなります。

人は、他人に自分の本性を見抜かれることを怖れてしまいがちです。
しかし、安心して付き合える関係というのは、相手に見抜かれることによってしかえられないのです。
見抜かれてから、本当の信頼関係が試されます。
(つづく)

No.203 『自分を許し、他人を許す』

他人との付き合いの中では、よいことばかりではなく、腹の立つこともあります。
どこの社会でも、どこの組織でも、自分とそりの合わない人、気に食わない人というのはいるものです。
しかし気に食わないからといって、いつもイライラしていては、つい関係のない人にまで八つ当たりしてしまいます。
八つ当たりと言わないまでも、不快な感情は他人に伝わり、他人をいら立たせます。
結局、それは自分に返ってくるものなのです。
(つづく)

No.204 『毎日を新鮮な気持ちで』

はじめはドキドキ、ワクワクしながら付き合っていた恋人同士も、やがて慣れてきて、ときめきを失ってしまうということは、よくあります。
付き合いはじめのころは、まだ相手のことをよく知らないので、どうすれば喜んでもらえるだろうか、次のデートでは何をすれば楽しいだろうか、などと考えて、毎日新鮮な気持ちでいられます。
しかし、付き合いが長くなると、相手の気持ちがだいたい読めるようになり、いちいち気を回す必要がなくなって、退屈に思えてくるのです。

それは心が通い合っている証拠ですので、よいことには違いないのですが、やはり互いにありがたみを実感するために、つねに新鮮な気持ちをもち続ける努力はしたほうがよいでしょう。
日本語には、「一期一会」というすばらしい言葉があります。
毎日のように会っている恋人でも、「生涯できょう一日しか会えない」と思って付き合えば、ただのひとときもおろそかにはできないと思うでしょう。
(つづく)

No.205 『自分の気持ちを受け入れる』

恋人のこういうところが許せない、こういう言動に傷ついた、と文句ばかり言っている人にかぎって、まわりの人から別れろと言われても、なかなか別れようとしないものです。
恋人が自分を認めてくれるようになるまでは、自分の人生は何もはじまらない、絶対に自分を認めさせなければならない、という思い込みにとらわれているのです。

「私は不幸だ」と嘆いている人は、不幸から抜け出したいと望みながらも、一方では自由を手にすることを怖れている、という矛盾の中で苦しんでいます。
行き先の判らないバスに乗って、あちこちをさまよっているようなものです。
(つづく)

No.206 『禁止されたとき、意志が試される』

ある落語家は、弟子をとるときの条件として、「まず、本気で断ってみる」のだと語っていました。
落語家というのは、ある程度売れなければ、とても食べていけない厳しい世界です。「有名になりたいから」などという安直な動機で志願してくる人をほいほいと受け入れていては、将来ある若者の貴重な人生を狂わせることにもなりかねません。
断られて簡単に引き下がるような人は、どうせ長続きしないのです。
その落語家が弟子をとるのは、「何度断っても、しつこく食い下がってきて、こちらが音を上げたとき」だけなのだそうです。
(つづく)

No.207 『感情と理屈のすれ違い』

ある共働き夫婦の夕食時での会話です。
妻は、勤め先のある同僚が仕事をよくサボるので、いつも自分が尻ぬぐいをさせられているという不満を夫に話しました。
夫は、「役割分担をきっちり決めて、よけいな仕事まで抱え込まないようにしたほうがよい」「改善されない場合は、上司に相談したほうがよい」などと冷静にアドバイスをしました。

妻は、口をとがらせて黙り込んでしまいました。ただ自分の大変さを判ってほしかっただけなのに、「君のやり方が間違っている」と言われたような気がして、かえって不満を募らせてしまったのです。
夫は、相談を受けたから、同じ勤め人としてアドバイスをしただけなのに、何が気に入らないんだと、これまたふてくされてしまいました。
(つづく)

No.208 『劣等感をどう克服するか』

ある人は、人付き合いが苦手であることに悩んでいます。
自分は口べたなせいで、仕事も恋愛も人間関係も、何もかもうまくいかない。はじめて会った人とでも気さくに話ができ、すぐに仲よくなれる人がうらやましくて仕方がない……。
そう悩んでいる人は、どうすれば救われるのでしょうか。

その答えは、「口べたでも好かれる人間になればよい」という以外にありません。
もちろん、話がうまいということは、人間としての大きな長所には違いないでしょう。しかし、世の中のすべての人が、そういう長所を求めているわけではありません。
また、「話し上手で、皆から好かれている人」は、単に話がうまいからという理由だけで好かれているわけでもないはずです。
口べたであるという悩みを解決するために、無理に口べたを直す必要はありません。口べたであることが気にならなくなりさえすれば、それでよいのです。
(つづく)

No.209 『他人の態度にイライラしたとき』

自分に自信のない人にとって、もっとも苦手とするタイプの人間は、「自慢ばかりする人」「他人を見くだしている人」ではないでしょうか。
そういう人に対して、ムキになって対抗しようとするのは、かえって逆効果です。

偉そうな態度をとる人は、「偉そうにすれば、他人は自分を偉い人間だと思ってくれるだろう。妬んで、悔しがってくれるだろう」と、あまりにも単純に考えているのです。
そういう人は、自分の態度にいちいち悔しがってくれる人が大好きなのです。その要望に、ご丁寧に応えてあげることはありません。

偉くない人間ほど威張りたがるものだし、弱い人間ほど強がろうとするものです。
高慢な人とは、いわば、もっとも他人の賞賛を必要としている人です。あまつさえ自分でその点に気づいていないから、始末が悪いのです。
(つづく)

前の10件 次の10件