No.193『幸せのための自立』

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他人に見捨てられる恐怖に過剰に怯えてしまう人がいます。
「拒絶されるくらいなら、自分から先に拒絶してやる」と身構え、他人が自分を拒絶しようとする兆候を見逃すまいとアンテナを張りめぐらし、他人の何気ない言動を悪意に受け取って傷ついては、怒りをため込んでしまいます。
他人に依存する一方、他人を完全に信用することもできず、「見捨てられたくないという不安」と、「自分を拒絶する人への怒り」とが入り交じった複雑な感情に苦しめられているのです。

そういう人は、他人の意にそうよう合わせることでしか安心をえられず、自分なりの主張や感情をもつことは許されないと感じています。
自分の素直な欲求や意志に従って行動すれば、他人に見捨てられると思い込んでいるのです。
しかし、はっきりと自分の意志に目覚めることによって、他人から見捨てられるのであれば、そういう人たちとは早いうちに見切りをつけてしまったほうがよいのです。

過保護な親に育てられた子供は、なかなか自立することができません。
子供を溺愛する親は、子供が自立して離れていってしまうことを怖れ、親に頼らなければ生きていけないようにし向けようとします。子供を本当に愛しているのではなく、「自分の思い通りになる子供」が可愛いだけなのです。
子供は、意欲、手段、達成感や喜びまでもすべて先回りして押しつけられ、「自分は、いちいち指図を受けなければ何もできない無能な人間なのだ」という劣等感を植え付けられていきます。

そういう親から自立することは、親を悲しませることになるかもしれませんが、それは良心に反することではありません。
親の言いなりになり、長く不幸な人生を送った末、結局、「私がこんな風になったのは、親のせいだ」と恨むのであれば、これもまた親不孝なことなのです。

「他人に嫌われたり、他人を悲しませたりしたくないから、自分の自然な欲求を抑えてしまう」というのは、遠回しに不幸の責任を他人に押しつけているにすぎません。
他人の要求が不当なものであると思うのなら、きっぱりと断り、相手の目を覚まさせたほうが、相手のためでもあるのです。

他人の要求が、自分と相手にとってよいことなのかどうかをよく見極めなければなりません。
他人から気に入られることばかりを考えている人は、いつまでたっても心からの幸せを感じられないし、他人を幸せにすることもできないのです。

自分のことばかりでなく、他人の幸せも考えることは、たしかに大切です。
しかし、自分の欲求を抑え、自分が幸せを感じられないまま、いくら他人に気を遣い、自分を犠牲にしても、他人に幸せを与えることはできないのです。
「自分が幸せであること」以上に、他人を幸せにできる手段はありません。
他人の幸せを考えるならば、まず自分が存分に幸せを感じることが不可欠です。

他人に適応するよりも、社会に適応するよりも、何よりも大切なことは、自分に適応することです。
自分の自然な欲求を尊重することによって、他人が犠牲になることは絶対にありません。
自分を大切にすることは、必ず他人も大切にすることになるのです。

No.190 - 199
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