No.190『人のため、自分のため』

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恋人にいろいろ尽くしてきたのに、急に別れを告げられて、腹が立つことがあります。
誕生日に高価なプレゼントをあげたのに。わがままな頼みもきいてあげたのに。不満があっても文句を言わず、我慢してきたのに。
いったい私のどこが気に入らないというのだ。

また、親は、子供を精一杯育ててきたのに、思春期になって突然反抗され、訳が判らず戸惑います。
我が子のためを思って、高い月謝を払って塾に行かせ、習いごともさせ、必要なものは充分に買い与えてきたのに。

私たちが「人のため」と思ってやっていることは、実は、自分の欲求を満たすためにやっていることが多いものです。
結局は、相手の気を引きたいからであり、自分が必要とされたいからなのです。
だから、その要請に相手が応えてくれなければ、怒りや不満を感じるのです。

好きな恋人と少しでも長く一緒にいたいと思うのは当然ですし、親が我が子をかわいがり、心配するのも当然です。
しかし私たちは、愛情という美しい言葉を盾にとって、知らず知らずのうちに、他人を自分の自由になるものとして扱ってしまうことがあります。
他人を自分のものにしたいという我執が、私たちを苦しめるのです。

とは言うものの、見返りをいっさい求めず、純粋に「人のため」に何かを行うということは、ほとんど不可能なことです。
「人のため、人のため」と考えすぎれば、それもまた、一方的な押しつけとなってしまいます。
できないからといって、何もしないのもよくありません。
本当は自分のためでも、その行いが実際に他人の役に立っているなら、やらないよりはやったほうがよいでしょう。

では、どうすればよいのかというと、「人のため」などとごまかさず、はっきり「自分のため」と自覚しながら行動するしかないのではないでしょうか。
「自分のためにやっていることなのだから、思い通りにならないからといって他人を責めるのはお門違いだ」ということさえ認識していれば、それでよいのです。

他人のために何かをしてあげたなら、その報いは相手に求めるのではなく、天にまかせるのがよいでしょう。
せっかく他人のために何かをしてあげたのに、まったく感謝されないこともありますが、逆に、自分の気づかぬうちに他人の善意を無にしたり、他人を傷つけたりしていることもあるものです。
よい行いをすることによって、悪い行いが相殺されたと考えるくらいがちょうどよいのです。

他人から認められたい、他人から愛されたいという欲望を完全に捨て去ることはできないかもしれません。
欲望を捨て去ることはできなくても、その欲望にとらわれている自分の弱さをはっきりと認め、他人に対して申し訳ないという謙虚な気持ちをもって接することはできます。

他人に申し訳ないという気持ちで接するというのは、けっして卑屈に自分を責めるということではありません。
「他人のためにしてやっている」というごう慢な態度ではなく、「させてもらっている」という感謝の気持ちをもつということです。
何かをしてもらったことに感謝し、何かをさせてもらったことに感謝する。すべては自分の喜びのためなのだと思えば、他人への押しつけや不満は消えていきます。

「欲望にとらわれている人」と、「欲望にとらわれていることを自覚している人」は、同じではありません。
自分が自分の心の主となり、欲望に振り回されないよう、しっかり制御することが肝心です。

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