No.179『原因と結果を逆に考えてみる』

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会社を経営して羽振りのよかった人が、その会社が倒産してしまった途端、立場が逆転し、窮地に立たされることになりました。
これまでもみ手ですり寄ってきていた取引業者たちも、手のひらを返して厳しく債権を請求してくるようになりました。もう誰も社長の見方になってくれる人はいません。
そして、社長は嘆くのです。
「皆、結局、金のことしか考えていないのか。ああ、人間はこんなに簡単に変わってしまうものなのか。悲しいことだ」

しかし、まわりの人間が変わったのではありません。変わったのは、社長の立場だけです。
これまで、社長がお金を介しての人間関係しか築いてこなかったから、いざというとき、誰にも助けてもらえなかったのです。
損得を抜きにして人間として慕われ、信頼されていたなら、誰か救いの手を差しのべてくれる人はいたことでしょう。
お金のことしか考えていなかったのは、社長自身なのです。

この社長は、会社が倒産しなくても、人間関係の面では、結局不幸だったのでしょう。
ただ、倒産しなければ、その不幸から目をそらし、ごまかしながら生き続けることができたというだけのことです。

私たちは、何か不幸におちいったとき、その理由を探ろうとします。「こういうことが原因で、私は不幸になったのだ」と。
しかし、原因と思われていたものは、そもそもの不幸が表面化した結果にすぎないという場合が多いのです。

非行に走ったり、不登校になって家にひきこもったりしている子供がいる家庭では、親はこう思っているかもしれません。
「あの子がこんな風になってしまったせいで、我が家はめちゃくちゃだ。あの子さえまともに育ってくれていたなら、うちの家庭は幸せだったのに」
しかし、たいていの場合、その因果は逆でしょう。
そもそも家庭が不幸だったから、子供は反抗したのです。子供の反抗は、家庭への不満が形になって表れただけなのです。

女性に振られ、ストーカーまがいの嫌がらせをするようになった男は、こう考えます。
「彼女が私を嫌うからいけないのだ。私を愛してくれさえいれば、私だってこんなことはしなかったのに」
しかし、そもそも、振られたからといって逆恨みをするような性格だからこそ、嫌われたのです。

つきあい始めのころは優しかった恋人が、だんだん冷たくなってきた。なぜそんな風に変わってしまったのだろう。
いえ、優しくされることを当然だと思い上がっていたから、愛想を尽かされただけなのです。
恋人が優しく扱ってくれなくなったことに腹を立てていること自体が、感謝の気持ちをもっていなかった証拠です。

つらいこと、悲しいことは、私たちに大切な何かを気づかせようとしてくれているのです。
頭が痛いから病気になるのではなく、病気になったから頭が痛むのです。
痛みは、「いま対処しなければ、事態はどんどん悪化し、後でもっと後悔することになりますよ」という警告のサインです。
原因と結果を逆に考えると、解決の糸口が見えてくることが多いものです。

No.170 - 179
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