No.172『感情に支配されず、感情を拒絶もせず』

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こころのおそうじ

こころが休まる本

自分を好きになれない人は、不快な感情に支配されてしまっています。
なぜ好きな人の前でもっと上手に話せないのだろう。
なぜ仕事や勉強にやる気がでないのだろう。
なぜあの人は、あんな嫌なものの言い方をするのだろう。
些細なことで頭がいっぱいになり、気にかけまいとすればするほど、そんな些細なことにこだわっている自分に嫌気がさし、ますます自己嫌悪が深まってしまうのです。

怒りや悲しみなどをガン細胞のように取りのぞくことはできません。
不快な感情も自分の心の一部なのです。それらを否定することは、自分自身を否定することにほかなりません。
誰でも多かれ少なかれ、日常の些細なことを気に病んで生きています。
気にすることが悪いのではなく、「気にすることを気にしてしまうこと」が問題なのです。

嫌なことがあったとき、悩むのは、人間としてまったく正常で健全な心理です。
少しでも人生をよいものにするために悩むのですから、悩むこともまた、生きる張り合いを私たちにもたらすものです。

自分を好きになれない人は、何でもものごとを中途半端にすませておくことのできない生真面目な人なのでしょう。
強くあれ。逃げるな。甘えるな。心の中の裁判官がつねに自分を厳しく監視しており、気が安まるときがないのです。

もちろん、自分の欠点を自覚し、反省し、改善するよう努力することは大切です。
しかし、理想は理想として、現在の自分をありのままに受け入れることも同じくらいに重要です。
がんばろうと思えばがんばればいいし、休みたいときには休めばいい。
どちらも大切な自分です。一方に偏りすぎてはいけません。

幸福な人も、不快な感情がわき上がることはあります。しかし、それをことさら深刻に受け取らないだけなのです。
人の命にかかわることでないかぎり、世の中には大騒ぎしなければならないことなどほとんどありません。

好きな人の前で緊張してうまく話せないとき。
他人に文句を言いたいのに言えないとき。
友人の心ないひと言で落ち込んでしまったとき。
「やれやれ、私の小心者ぶりも困ったもんだな」と笑い飛ばしてみましょう。

自分の欠点を笑い飛ばすことは、生真面目な性格の人には、自分と向き合うことから逃げている、無責任でいい加減な態度に思われるかもしれません。
しかし、自分のささいな欠点も許せない人も、「自分は本当はこんな弱い人間ではない」と、弱い自分を認めることから逃げているのです。
それはまた、「自分は完璧な人間として扱われるべきである」というごう慢さだともいえます。

悩みが解決されなければ幸せにはなれないと考えていては、一生、「将来のための準備期間」で終わってしまいます。
完璧を求めすぎるあまり、いつまでも充実感はえられず、中途半端に人生を終えるという皮肉な結果となるのです。
「ときには悲しんだり落ち込んだりすることもあるさ」と気楽に構えるのと、「なぜもっと前向きに考えられないのだろう」と暗く落ち込むのと、どちらが本当に前向きな生き方でしょうか。

自分を好きになれなくても、「自分を好きになれない自分」を責めてはいけません。
好き嫌いという感情は、努力してえられるものではなく、「自然にそうなるもの」です。
自分を好きになるための第一歩は、自分を責めない癖をつけることです。
他人のすることは止められませんが、自分のすることはやめられます。

「楽に生きる」とは、鈍感になることでも、自分をごまかすことでもありません。
感情に支配されず、感情を拒絶もせず、中庸を心がけるということです。
ストレスがたまったときは、「イライラさん、またお会いしましたね」とにこやかに自分の心に声をかけてみましょう。

「イライラさん」は、誰の心の中にも住んでいます。「イライラさん」は気むずかしいだだっ子ですので、攻撃すれば怒って暴れ出し、何十倍にも攻め返してきます。
下手に抑え込もうとせず、子供をあやすように手なずけるのが良策です。
不快な感情も自分の一部として一生付き合っていくのだ、と気楽にかまえていれば、「イライラさん」は、ちょっかいを出さず、おとなしくしてくれているものです。

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