No.141『挫折を乗り越える』

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挫折感や自己嫌悪は、特に青年期において顕著にあらわれます。
幼い子供が自己嫌悪を感じないのは、自分を中心に世界が回っていると考えており、他人から見た自分の姿を客観視できないからです。

自己嫌悪を感じる能力は、子供から大人に脱皮するために不可欠なものです。健全な心をもった人であれば、幾度かの挫折や自己嫌悪を経験しているのが当然なのです。
まったく自己嫌悪を感じない人というのは、他人の立場になってものごとを考えることのできない幼稚な子供です。

また、大人になって年齢を重ねるにつれ、挫折感や自己嫌悪を抱くことが少なくなっていくのは、自分の身の丈を知り、あきらめを感じるからです。
「あきらめ」というと、消極的な逃避のように思われそうですが、この「あきらめ」を知るということもまた、健全な成長に欠かせないものです。

精一杯挑戦して、自分の能力の限界を知ったから、あきらめることもできたのです。何もしないで不満や強がりばかり並べ立てている人は、あきらめることすらできません。
自分の限界を知っているということは、力のかぎり努力したことの証しなのです。

うまく挫折を経験できなかった人は、いつまでも絵空事のような夢を語るばかりで、そこから一歩も成長することはできません。
理想にしばられて現実を受け入れようとせず、いつまでも心は宙ぶらりんのままで、結局、充実した自分の人生を生きることはできないのです。

「あきらめ」という経験は、「ないものを数えて不満を言うだけの人生」から「与えられた幸せに感謝する人生」への転換点です。
「あきらめ」を知っている人は、自分がよく判っている人であり、「あきらめ」を知らない人は、ただの自己中心的なうぬぼれ屋なのです。
もちろん、いくつになっても夢をもち続け、活き活きと充実した人生を送っているなら、それはそれですばらしいことです。ここで問題にしているのは、そういう自分に満足できない人のことです。

自分に自信がもてないという人の話を聞いていると、総じて自分への要求水準が高すぎることに驚かされます。
失敗したり恥をかいたりすることは許されない、すべての人に認められる立派な人間でなければならない……。
理想を高くもつことは悪いことではありませんが、それが自分への過小評価という副作用を生んでいることも忘れてはいけません。

「がんばりたい」という気持ちも大切ですが、「がんばらなくても、自分は充分に価値がある」という気持ちも同じくらいに大切です。
自信をもてるかもてないかということは、自分の能力によって決まるものではなく、あくまで、それをどう受け入れるかという主観によって決まるものです。

自信がもてずに悩んでいる人は、現在の得点が70点であるなら、まずは、少なくともそれを維持するか、1点でも2点でも伸ばせればよしと考えればよいでしょう。
そうしているうちに、自分は確実に70点をとれる人間なのだという自信は揺るぎないものとなり、「もっとがんばってみれば、さらに得点を上げられるかもしれない」という積極的な意志が沸いてきます。もはやそこには、不安や怖れはありません。

「100点をとれない自分は、なんてダメな人間なんだ」と考えていては、たとえ成長できたとしても、いつまでも「つねに完璧であらねばならない」という不安に苦しめられることになり、充実感はえられません。

自信がもてない人の心の裏には、つねに他人と比較しての劣等感があります。
「他人よりも優れていたい」という欲求は、向上心ではなく、嫉妬や虚栄心、自分よりも劣る人間を見くだしたいという我欲にすぎません。
他人と比較していては、どれだけ努力しても、けっして自信はえられないのです。

他人が何点であろうと、自分の70点という価値が増すわけでも減るわけでもありません。
「他人に負けたくない」と意地を張っている人は、すでに自分に負けているのです。
まず自分を認めることができなければ、他人を認めることもできないし、他人から認められることもありません。
挫折を乗り越えるということは、挫折にうち勝つのではなく、それを受け入れるということです。

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