No.116『愛情を行動にうつす』

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いくら他人への愛情があっても、何の行動もとらなければ意味がありません。
愛情が欠けているのに、行動ばかりが先走るのも、よくありません。
他人を愛することができる人とは、愛情とそれにともなう行動をうまく連携させて表現する能力のある人のことだといえます。

大学生のAさんは、同じ学校の女子学生に一目惚れしました。
しかし、内気なAさんは、ただ授業中に遠くから彼女の横顔を見つめて、ため息をつくことしかできません。彼女の前に出ると、何を話していいのか判らず、目を伏せてしどろもどろになってしまうのでした。
そんなAさんでしたが、このままではいけないと思い、ついに勇気をふりしぼって彼女に告白しました。しかし、答えはノーでした。
Aさんは、自分の好意が拒絶されたことにショックを受け、すっかり自信を失ってしまいました。

たしかにAさんは彼女に好意をもっていましたが、行動がともなわなければ、それは愛情とは呼べないのです。
彼女は、Aさんから何のアクションも起こされていないのですから、いきなり告白されても、Aさんの好意をどう判断していいのか判りません。Aさんの心の中をのぞくことはできないのです。

「何を話せばいいのか判らない」などというのは、本末転倒です。話したい、相手を理解したいと思うことが愛情なのです。何の行動もとらないのは、愛情がないのと同じことです。
にっこり笑ってあいさつをするだけでもよいのです。わざとらしくない程度に褒めるのもよいでしょう。相手をよい気分にさせるだけでも、充分に愛情を表現したことになります。

会社員のBさんは、人付き合いが下手で、気楽なおしゃべりというものができず、悩んでいました。
ある日、社員食堂で、以前から好意を抱いていた女性社員とたまたま隣の席になりました。彼女は気さくな性格で、口下手なBさんとも楽しそうに話をしてくれました。

彼女となら、いい友達になれそうだ。Bさんは、それ以来、社員食堂では必ず彼女の隣の席に座るようにしました。退社時に待ち伏せて一緒に帰ったり、自宅に電話をして長話をしたりすることもありました。
しかし、彼女はしだいにBさんを避けるようになりました。社員食堂に行く時間をわざとずらしたり、電話をしても居留守を使ったりするようになったのです。

そしてBさんは、ついに彼女から「あまりつきまとわないでほしい」と言われ、大きなショックを受けてしまいます。
恋人として付き合ってほしいなどと思っているわけではないのに……。ただ友達になってほしかっただけなのに……。それさえも拒絶されるということは、自分には一生恋人などできないのではないか……。
Bさんは人間不信になり、以前にもまして他人を怖れるようになってしまいました。

Aさんのように何の行動も起こせない人もいれば、Bさんのように精力的に行動するのですが、空回りばかりしてしまうという人もいます。
人付き合いの苦手な人は、両極端のどちらかに走ってしまいがちです。心と行動がちぐはぐで、他人との距離の取り方をうまく測れないのです。

「距離の取り方」などというと、小手先のテクニックのように聞こえますが、これが未熟であるために苦しんでいる人がたくさんいるのです。
単なる技術不足の問題であるのに、自分の全人格を否定されたように思い込んで、自信を失ってしまうのは、とても惜しいことです。

Bさんは、押しつけがましい態度を彼女から拒絶されました。
しかし、Bさんの「好意」が拒絶されたのではありません。「行動」が拒絶されたにすぎないのです。恋人同士でもないのに、帰りを待ち伏せたり、電話で長話をしたりという「行き過ぎた行為」が彼女には負担だったのです。
Bさんの「彼女と親しくなりたい」という気持ちは、間違ってはいませんでした。ただ、人付き合いの訓練が足りないために、気持ちをうまく言葉や行動で表現できなかった、というだけのことです。

自分の気持ちをうまく表現するためには、ある程度のテクニックも必要です。それは、他人と接していく中で会得していくしかありません。
スポーツや車の運転と同じように、いくら頭の中だけで考えていても、実践をふまなければ上達しないのです。

たとえ人付き合いに失敗しても、自分の好意が拒絶されたと考えてはいけません。その表現がまずかったというだけのことです。
他人から好意をもたれることは、誰にとってもうれしいことのはずで、好意そのものを拒絶する人はいません。
それさえ判っていれば、人間不信に陥ることはないでしょう。失敗するごとに、表現の仕方を見直し、テクニックを上達させていけばよいのです。

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