No.111『他人から認められるために』

たかたまさひろの本 累計29万部

リラックスブック

こころのおそうじ

こころが休まる本

他人の前で、つい格好をつけてしまう。特に好きな異性の前では、ありのままの自分をさらけ出すことができず、「よく思われたい」と表面的に取りつくろってしまう。
そんな自分に嫌気がさし、悩んでいる人もいると思います。

自分を飾るのはやめたい。しかし、他人から見くだされたり、嫌われたりするのが怖くて、つい格好をつけてしまう。
そういう悩みを解決するのは、簡単です。
「格好をつけている人は、絶対に他人から格好いいとは思われていない」という事実に気づきさえすればよいのです。

格好をつけ、「よく思われている」と思い込んでいるのは自分だけなのです。
強がる人のことを、誰も本当に強いとは思いません。弱いからこそ強がるのです。
偉そうにする人のことを、誰も本当に偉いとは思いません。
気取る人は、中身がないから気取っているということは見え見えです。

あなたのまわりの他人は、それほど単純ではないでしょう。表面的な部分だけを見て、あなたという人間を判断しているわけではないのです。
格好をつけたからといって、まわりの他人が皆、自分を格好よく思ってくれていると短絡的に考えるのは、あまりにも他人を見くびりすぎています。

そもそも、格好をつけてしまう原因は、「他人によく思われたいから」ということなのですから、「格好をつければ、ますます他人から見くだされるのだ」ということを認識すれば、格好をつけようという気にはならないはずです。

他人を褒めるのは、よいことです。しかし、その理由が「他人に好かれたいから」というのでは、奴隷と同じです。
他人のためになることをしてあげるのも、よいことです。しかし、その動機は、「感謝してほしいから」ではなく、「自分がうれしいから」ということでなくてはなりません。

自分の誇りのため、自分の喜びのために行動する。それを自己満足と言う人もいるかもしれません。
しかし、まずは自己満足でもよいのです。自分が満足できない人生に何の意味があるでしょう。
自己満足できない人は、他人に「自分を認めてほしい」と要求しなければ気がすみません。自分の劣等感の穴埋めのために、他人を巻き込み、心理的にからみつくのです。そのほうが、よっぽど利己的で、はた迷惑なのです。

つい格好をつけてしまう人は、口に出さずとも、「他人から認められたい」という態度を示してしまっています。まわりの他人は、それを敏感に感じとります。
他人に認めてもらうことを要求してばかりいる人と積極的に付き合いたいと思う人は、いないでしょう。「この人と付き合えば、気を遣わされるばかりで、疲れそうだ」と、敬遠されるだけです。

自分の人生を楽しんでいる人のまわりには、自然に人が集まります。「この人と一緒にいると、何か楽しいことがありそうだ」と思われるからです。
他人に何も要求しなくても、自分の満足のために楽しんでいる人は、それだけで充分に他人から認めてもらえるのです。いえ、自分の人生を楽しんでいれば、他人から認めてもらうことなど、どうでもよく思えてくるのです。

No.110 - 119
前の10件 次の10件