No.059『カタチにとらわれない』

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こころのおそうじ
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こころが休まる本
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テレビで、質屋さんの仕事の内容を取材した番組を放送していました。
ある若い女性が、海外で購入したというブランド物のバッグを質屋に持ち込みましたが、鑑定の結果、すぐにそれはコピー商品であることが判明しました。彼女は、「本物だと思って買ったのに、だまされて悔しい」と憤慨していました。
ブランド品などひとつももっていない私は、素朴な疑問を抱いたのですが、本物か偽物かも判別できない人が、なぜ高級ブランドのバッグを所有しているのでしょう?

彼女は、商品の品質を見極めて、「よい品物だ」と判断して購入したのではなく、単に、「私は、高級ブランド品をもっている」ということをまわりに見せつけ、優越感に浸りたかっただけなのです。エルメスなら「エルメス」のロゴが入っていれば満足だったのです。
たとえ偽物であっても、ちゃんと「エルメス」と書いてあるのですから、別に問題はないのではないでしょうか。メーカーにとっては損害となりますが、彼女は何も損をしていないわけです。

世界のいわゆる高級ブランド市場のおよそ4割を日本が占めているそうですが、外国人から「日本人はお洒落」だと思われているかというと、決してそうではなく、かなり冷ややかな目で見られているそうです。
あるアメリカ人が、日本人女性の多くが高級ブランド品を身に着けているのを見て、「日本で娼婦を見つけるのは簡単だ」と言ったという、笑えない冗談もあります。外国では、高級ブランド品をもっているのは、上流階級の大金持ちか、娼婦のどちらかだそうです。

ただ高級品を身に着けて、人間まで高級になったつもりでいる人がいます。「他人は皆、自分をうらやんでいるに違いない」と勝手に思い込んでいるのです。それはまったくの独りよがりで、たいていの場合、「せっかくの高級品が、安物にしか見えない」と思われるのが落ちです。

高級ブランド品を創る人は一流ですが、それを買う人は一流とはかぎりません。
本当にお洒落を楽しんでいる人は、安い服でもファッショナブルに着こなすことができるでしょう。お金をかけることがお洒落ではありません。

自分は優しい人間である、自分は純情な人間である、自分は真面目な人間である……。そう思い込んでいるのは当人だけで、他人からはまったくそう思われていない、という人がいます。
他人から見た自分の姿と、自分が考える自分の姿とのギャップに苦しみ、「他人は私を誤解している」「私はそんな人間ではないのに」と、嘆いてばかりいます。
そういう人の「よい人格」とは、他人への思いやりからくるものではなく、単に自分をアピールするための手段にすぎないのです。カタチばかりで、中身が伴っていません。
必死で「こんな私を好きになってほしい」ということを訴えているだけなのです。

コピー商品の高級ブランドを身に着けて、得意になっていても、見る目のある人には、ちゃんと見破られています。
他人の目を気にしすぎるのもよくありませんが、「他人から見た自分の姿」も自分の重要な一部分であるということも、心得ておかねばなりません。
「自分を理解してくれない」と他人を責める前に、「なぜ自分は誤解されるのか」ということを考え直してください。

恋人や友人に対して、「私は、こんなにも〜してあげているのに、なぜ相手は〜してくれないのか」という怒りを感じたなら、まず自分のその「思いやり」を疑ってみる必要があります。
心の底から相手のためを思ってしてあげていることなら、それだけで満足できるはずです。見返りがえられなくて不満を感じるのは、それが単なる「見せかけの思いやり」にすぎないからです。

カタチばかりで、心がこもっていないから、他人にはまったく「思いやり」だとは受け取られていないのです。
カタチばかりの低レベルな手段で他人の関心をえようとする人には、低レベルな人間しか寄ってきません。

「こう思われたい」という見せかけはやめて、「自分はこうしたい」という、自然な欲求に従ってみてください。
まず、自分の人生を心から楽しみ、自分を愛さなければ、他人から愛されることもありません。

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