No.056『言葉の本質を見極める』

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「借りたお金は、返さなくてはならない」
この言葉は、それだけをとり上げて考えれば、正しいことであり、異論をはさむ余地はありません。
ヤミ金融などの悪徳業者は、この「正論」を盾にとります。そもそもの金利が法定限度を超えていることや、暴力的な取立てが違法であることは棚に上げて、ただ「借りた金は返せ」という大儀名分だけで押し通そうとします。
どうせ刑事罰の対象となるような犯罪を犯しているのですから、はじめから強盗でもすればよけいな手間が省けるのに、わざわざご丁寧にお金を貸しておいてから、「借金を取り立てる」という名目で自分たちを正当化するところが、彼らの卑怯で小ざかしいところです。

「嘘や隠しごとはよくない」
これも、正論です。この理屈をいいことに、子供の日記を盗み読む親や、恋人のメールを勝手に開いて見る人がいます。
しかし、誰にでも、人に知られたくない秘密はあるはずです。嘘や隠しごとが悪いのではなく、「他人を裏切り、あざむくこと」が悪いのです。

自分の利益のために他人に損害を与えたり、他人の心を傷つけたりする嘘はいけませんが、嘘というものすべてが悪いわけではありません。
どんなに親しい相手にでも、隠しておきたいことのひとつやふたつはあるのが普通です。むしろ、自分だけの秘密をもつことが、人間としての健全な成長の証だといえます。

重い病気で入院している人に向かって、「今にも死にそうな顔をしていますね」と思ったままのことを言って、「自分は正直者だ」と悦に入っている人がいたら、ただの愚か者です。
正直イコール誠実ではありません。正直であることよりも重要なのは、他人の気持ちを思いやることです。正直であることが、かえって他人を傷つけることもあります。

悪意のない嘘や隠しごとは、責められるべきものではありません。
自分の単なる好奇心や不安などの身勝手な都合で、他人に「正直であること」を強要し、プライバシーに土足で踏み込んではいけません。
相手を信用できないのであれば、信用できないという自分の心、相手との関係の築き方に問題があるのです。まず、その根本的な問題を解決しなければいけません。

親が、日記を盗み読むという手段でしか子供の本音を知ることができないなら、それは親の方に問題があります。ふだんから子供と充分にコミュニケーションをとっていない証拠なのです。
恋人が浮気をしていないか、メールを盗み読まなければ不安で仕方がないのなら、そもそも何が楽しくて、そんな「信用できない人」と付き合っているのでしょう。

正論が、ほとんどの場合、正しいことであるのは事実です。
しかし、正論はまた、ずる賢い人にとっては、自分を擁護し、逆に相手に罪悪感を抱かせる武器ともなります。
信用をなくすような行動ばかりとっておいて、「なぜ私のことが信用できないのか」と怒る人。
わざと不真面目な格好をしておいて、「人を見た目で判断するな」と他人を非難する人。
聞く耳をもたないくせに、「どうして私に相談してくれなかったのか」と他人を責める人。

生真面目な性格の人ほど、正論を突きつけられることに弱く、詭弁で他人を操る人にうまく利用されてしまいます。
言葉の表面的な意味だけではなく、その背景、本質を見極めるようにしなければなりません。形ばかりの「正しい言葉」に惑わされず、そのときどきに応じて、自分の頭で考え、善悪を判断してください。

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