No.042『考えることから逃げない』

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幸せになるためには、当然ながら、「幸せとは何か」が判っていなければなりません。
幸せな人とは、「自分はいかに生きるべきか」をよく考えている人のことです。
ここで言う「考える」というのは、学校の成績の良し悪しとはまったく関係がありません。一流大学を出ている人でも、「自分は何になるか」は判っていても、「いかに生きるか」について考えていない人は、たくさんいます。

不幸な人は、生きることに虚しさを感じています。
自分の心と真剣に向き合うことを怖れて、ただ無為に時間が過ぎるのを待つだけの人生を送っています。

公共の場で迷惑行為をはたらいて、他人から注意され、その相手を逆恨みして暴力を振るうという事件が多発しています。
いわゆる「キレる」状態というのは、「冷静になることを怖れている」状態のことです。
冷静に話し合えば、とうてい自分の正当性を主張することができず、都合が悪いので、「頭に血がのぼって訳が判らない状態」になることでごまかし、弱い自分を守ろうとしているのです。
他人と触れ合うことを避けて押し黙ってしまう人も同様に、堂々と話し合えば自分の非を認めざるをえなくなるから、必死でごまかしているのです。

つまり、そういう人たちは、「考える」ことを拒否しているのです。
弱い自分を認めたくないから、「自分はどういう人間か」について考えることを怖れ、考えて行動していないから他人の評価に怯えなければならない、という悪循環に陥っています。

どんな不運な境遇にあっても、自分の人生を真正面から受け止めている人は、幸せです。苦しくても、悲しくても、「生きている実感」があります。
自分の頭で考えることを避けている人は、傷つくことから逃れたかわりに、虚しさという不幸を背負って生きていかなければなりません。
人間を絶望させるものは、苦しみでも悲しみでもなく、この「生きているという実感のない虚しさ」です。

先日、書店の店内で、幼い子供が走り回って騒いだり、本を投げつけたりしていました。母親は近くにいるのに、我が子に注意しようともしません。
店員さんが、見かねて子供に注意しました。するとその母親は、「ほら、おじさんに叱られるから、静かにしなさい」と子供に言ったのです。
子供は、自分が悪いことをしたという自覚はなく、自分を叱った店員さんを恨んだことでしょう。
こういう親に育てられた子供は、不幸です。自分でものごとの善悪を判断することができず、他人からの評価に怯える人間に育ってしまうでしょう。

他人に褒められるか、叱られるかどうかということを行動の基準とするのなら、犬と同じです。
あなたの価値は、「自分の信念に従って正しく生きているか」によって決まるのです。
正しいことか間違っていることかを自分の頭で考えず、単に「自分を受け入れてくれる場」を求める人が、暴走族やインチキ宗教団体に入ってしまうのです。

自分のプライドにかけて、誰にも褒められなくても正しいと思うことはする。誰にも叱られなくても間違ったことはしない。これさえ守っていれば、不安に怯えることなどありません。

思いやりも、優しさも、愛も、考えることから生まれます。考えて行動しなければ、幸せにはなれません。

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