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メッセージ [ No.180 - 189 ]

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No.180 『欲求と不安』

人間が活き活きとした充実を感じられるのは、自分の素直な欲求にもとづいて行動しているときです。
しかし、欲求は、うまくコントロールしなければ、ともすれば自分でも手に負えないほどに肥大化してしまうものです。
節操もなくむさぼろうとする心が、かえって自分を貧しくしてしまいます。

暇なとき、仲のよい友人や恋人とメールのやりとりをするのは、楽しいことです。
しかし、「メールを送ったのになかなか返事がこない」「長いメールを送ったのに返事が短かった」などと腹を立ててしまっては、いったい何のためのメールか判りません。
(つづく)

No.181 『愛情を活かすために』

お金を儲けたり、やりがいのある仕事に就いたりと、幸せの形はさまざまありますが、やはり誰もが求めている究極の幸せは、愛情に満ちた豊かな人間関係の中で生きていくことでしょう。

他人から愛されたり、何かをしてもらったりすることは、うれしいことです。
しかし、「何かをしてもらったからうれしい」のではなく、「相手の心遣いに感謝し、相手を大切に思い、そのおかげで自分の心が豊かになること」がうれしいのです。
他人から受けた愛情は、自分の心で温め、育てるものです。
それをわきまえていなければ、際限なく相手に愛情を要求し、ついには逆に敬遠されるはめになってしまいます。
(つづく)

No.182 『自分の心に愛情を育てる』

自分に自信のない人ほど、他人の行動ばかりを気にかけます。
他人がうらやましく思えるのは、自分に自信がないからであり、他人の欠点が許せないのは、自分の欠点を自覚していないからです。
自分と向き合うことから逃げようとして、ますます他人のことばかり気にかけてしまうのです。

しかし、どれだけ他人のことを気にかけても、自分に自信がもてるわけではありません。
むしろ、他人を気にすればするほど、不安や劣等感は大きくなります。

人間関係に苦しんでいる人は、たしかに何とか改善を図ろうと神経をすり減らし、必死で努力しているのでしょう。
その努力がなぜ報われないかといえば、「他人を変えるため」の努力にすぎないからです。
(つづく)

No.183 『自分を裁いてはいけない』

生きていれば、つらく悲しい出来事に幾度となく遭遇します。
人生に苦しみはつきものです。しかし、人は、不運な出来事そのものによって苦しむのではなく、「自分の思い通りにならない」という不満によって苦しむのです。
苦しみから逃れるためには、事態を改善しようという努力も必要ですが、自分の力では変えられないものを受け入れる勇気も必要です。

誰でも、「こうあってほしい」「こうあってほしくない」といういくつかの願望をもつのは当然のことです。
しかし、世の中に「絶対になくてはならないもの」「絶対にあってはならないもの」は何ひとつありません。
「こうあってほしい」という欲求は、明日への希望をもたらしますが、「こうあらねばならない」という思い込みは、逆に私たちを無限の苦しみへと突き落とします。
(つづく)

No.184 『怒りを感じたとき』

不快な感情の中でも、ストレスの原因となるもっともやっかいな感情は、怒りです。

すぐにキレる人というのは、怒りっぽいというよりは、「怒りはみにくい感情である」と潔癖に思い込んでしまっている場合が多いものです。
怒っている自分を受け入れることができないという嫌悪感が、ますます怒りの火に油を注いでいるのです。
「私だって本当は怒りたくなんかないのに、他人が私を怒らせるようなことをするからいけないのだ」ということを判ってもらいたくて怒るのです。

不快なことがあったとき、その事態が改善されなくても、誰かに気持ちを理解してもらえれば、怒りはそれほど大きくならないものです。
怒りは、原因となった対象そのものに対してよりも、「誰も自分の気持ちを判ってくれない」という不満によって引き起こされます。
(つづく)

No.185 『自分の基準に従う』

誰でも、自分の人生を有意義なものにしたいと思っています。
そのためには、正しく生きることが必要ですが、この「正しい生き方」とはどういうものなのか、絶対的な基準がなく、判断が難しいところです。
どんな選択をしても、一長一短があります。
自分にとって正しいことが他人にとっては間違っていることもあるし、その逆であることもあります。

自分が絶対に正しいという思い上がりは禁物ですが、私たちは少なくとも、自分にとって正しいと思う道を選択しなければなりません。
自分にとって正しい生き方とは、自分の心に恥じない生き方ということです。
(つづく)

No.186 『好きという言葉に責任をもつ』

ときどき、「好きな人の気持ちが判らない」「恋人のことが好きなのに、疑ってしまう」という悩みを耳にします。
しかしこういう場合、「好き」という言葉があまりに安っぽく、無責任に感じられてなりません。
裏を返せば、愛という美名のもと、「相手は私の思い通りになるべきである」という要求を正当化しているということです。
本当は「好き」なのではなくて、「好きになってほしい」だけなのではないでしょうか。

強い劣等感をもっている人は、その反動として、「すばらしい恋人が現れて、自分の人生を一変させてくれるに違いない」という絵空事のような理想を描くことがあります。
しかしそのようなことはまず起こりえませんので、現実から目をそらすために、自分の恋人が理想的な人間であるかのように思い込もうとするのです。
(つづく)

No.187 『悪循環を断ち切る』

自分に自信がもてない人は、「どうせ私はダメな人間だ」「どうせ私は皆に嫌われている」と卑下する癖がついてしまっています。
「もっと自信をもて」と言われても、「何をやってもうまくいかないのは事実だし、嫌われているのも事実なのだから、何に自信をもてばよいのか判らない」と思うかもしれません。

しかし実際は、「私はダメな人間だ」と自己暗示をかけることによってやる気を失うから失敗してしまうのだし、「どうせ皆に嫌われている」という卑屈な態度によって、他人に敬遠されてしまっているのです。

恋人に嫌われることを怖れ、つねに「私のこと好き?」と尋ねなければ安心できないという人がいます。
そうしておけば、もし振られたとき、「好きだと言ったくせに、あれは嘘だったのか」と相手を悪者にして、少しでも自分が傷つくことを避けることができるからです。
(つづく)

No.188 『他人の立場で考えてみる』

会社員のAさんは、毎朝、出社する時間になるとゆううつな気分になります。
会社に、いつも偉そうな態度をとる上司がいるからです。
その上司は、ろくに仕事もできないくせに、人を見くだすような言い方で命令をし、失敗したときには部下に責任をなすりつけるのです。
Aさんは、「上司がなぜあのような態度をとるのか判らない」と嘆いています。

他人の理解できない言動に腹が立ったとき、どう気持ちの整理をすればよいのでしょうか。
気にすればするほど、相手がそんな自分の気持ちなどたいして気にもかけていないことに腹が立ち、ますます執着を強めてしまいます。
気にすまいと必死で自分に言い聞かせても、そうして自分の心を抑えつけることがまたストレスとなります。
(つづく)

No.189 『自己愛のバランスをたもつ』

――恋人のことが好きなのに、自分をかまってくれないときなど、たまに憎らしく感じることがある。
――成功した友人を素直に祝福することができず、内心では不幸になればいいのにと思ってしまう。

私たちの心は、ときとしてみにくい感情に支配されることがあります。
人は誰も、自分が一番かわいい存在だから、自尊心が脅かされることに不安を感じるのです。
みにくい欲求は、抑えようとすればするほど、かえって大きくなってしまうものです。

人は、自己愛を捨て去ることはできませんし、またその必要もありません。
自分を苦しめるのが自己愛なら、それにうち勝とうとするのもまた自己愛です。
清らかな心でありたいと願うから、みにくい感情に拒絶反応を起こすのです。

他人から認められたい、他人よりも幸せになりたい、と思うことが悪いのではありません。それを露骨に言動に表し、当然のように要求することがいけないのです。
自己愛があるから、人は努力し、成長しようとします。
自己愛は、抑えるのではなく、うまく活かすようにしなければなりません。
(つづく)

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