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たかたまさひろ(著)

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No.104『結果よりも過程が大切』

仲のよい友人同士が、ときに冗談で互いをけなし合うことがあります。
変に気を遣う関係よりも、軽い悪口を言える間柄のほうが、より親密だと考える人も多いでしょう。
自分が相手を本気で軽蔑しているわけではなく、相手もそれを判ってくれている、という強い信頼関係があってこそ、悪口も言い合えるのです。

人付き合いの下手な人は、まず「仲のよい友人同士は、悪口も言い合えるものだ」というカタチから入ろうとして、失敗してしまいます。
それほど親しくない友人に悪口を言ったり、度が過ぎた悪口を言ったりしてしまい、相手からはそれが冗談だと受け取られずに、「失礼な人だ」と敬遠されてしまうのです。
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長い時間をかけて友情を培ったという過程があってこそ、冗談も自然に出てくるのです。「悪口も言い合える関係」というのは、親しさから生まれた結果にすぎません。
しかし、人とうまく付き合う自信のない人は、過程を省略して、いきなり結果を求めようとしてしまいます。

何度も恋愛に失敗してしまう人の典型的なパターンは、まだ親しくもなっていないうちから、「恋人同士とは、こういうものだ」という自分の考えを相手に押しつけてしまうということです。
「毎日電話をしてくれないと嫌だ」
「ほかの人との付き合いよりも自分を最優先してほしい」
などと、はじめから相手に要求し、重圧を与えてしまうのです。

もちろん、毎日電話をすること自体がおかしいというのではありません。結果的にそうなるのであれば、おおいに結構なことです。
相手が電話をすることが好きな人であれば、おのずと毎日するようになるでしょうし、恋人との付き合いを最優先したいと思えば、言われなくてもそうするでしょう。
しかし、それらはあくまで「親しくなった結果の行動」にすぎません。中身もないのにカタチばかり求めても、何の意味もないのです。

自分が望むものと相手が望むものが違うのであれば、それを理解し合うことから始めなくてはなりません。
「本当に愛し合っているなら、〜すべきだ」と強要することが、はたして愛情といえるでしょうか。「愛している」という大義名分をもちだせば、どんな身勝手な要求も許されると考えてはいけません。
相手に何かを要求し、縛りつけることは、愛情の深さではありません。それは、自分の自信のなさにすぎないのです。
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恋人に何かを強要してしまう人は、「見捨てられる不安」の強い人です。
自分が人から愛されるに値する人間であるという確信がもてず、強い不安に悩まされているから、相手を縛りつけようとしてしまうのです。
そこには信頼関係などなく、「どちらが優位に立つか」という虚しい競争心があるだけです。
相手に何かを強要することで、よけいに愛されるということは、絶対にありません。むしろ、そうすることによって嫌われてしまう確率のほうが、はるかに高いのです。

相手が誠実な人であれば、自らの積極的な意志によって愛してくれるはずです。相手の自由な意志こそを尊重しなければなりません。
子供のころ、勉強しようと思っているときに、親から「勉強しなさい」とガミガミ注意され、かえってやる気が失せた、という経験が誰でもあることでしょう。
自分の意志でしようとしていることを、わざわざ人から強要されれば、かえって気力が萎えてしまうものです。

人を心から愛し、愛されることは、大きな幸せです。しかし、それは目的ではなく、結果なのです。
愛情があれば、それは自然にカタチとなって表れます。しかし、カタチから愛情は生まれません。
結果ばかりを求めて恋人にあれこれ強要していた人は、勇気をだして、いっさい強要することをやめてみてください。
強要しなくても愛される人間にならなければ、いつまでも問題は解決しません。
(おわり)

ありがとう ロングセラー 45刷
こころのおそうじ。(だいわ文庫)
たかたまさひろ(著)
定価 770円(税込)

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メッセージ No.100-109
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