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メッセージ [ No.100 - 109 ]

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No.100 『誰にも不機嫌にさせられない』

自分に自信をもち、毎日を明るく活き活きと過ごすためのおまじないをご紹介します。
一日に少なくとも一度は、「誰も私を不機嫌にさせることはできない」と胸の中で唱えるのです。
失望、劣等感、自己嫌悪……。あらゆるマイナスの心理には、不機嫌がともないます。不機嫌がストレスを生み出します。

すぐに不機嫌になる癖を直せば、ずいぶん心が楽になります。
もちろん、ことなかれ主義に徹してもめごとを避け、いつもへらへらと愛想笑いをしていればいいというのではありません。人間らしい喜怒哀楽の豊かな感情は必要です。
しかし、それらと「不機嫌になる」ということは別の問題です。
(つづく)

No.101 『しないよりはするほうがよい』

他人に言いたいことをはっきり言えないために、誤解され、悔しい思いをしている人も多いことでしょう。
自分は内向的な性格のせいで、責められても言い返すことができず、損ばかりしていると思っている人もいるかもしれません。
内向的で口下手な性格が悪いのではありません。しかし、そのために悔しい思いをし、被害者意識を感じるのは、問題だといえます。

誤解を受けたくなければ、やはり言いたいことは言うべきなのです。
内向的な人は、自己を主張することに慣れていないので、他人に対して、「ナメられてはいけない」「白黒をはっきりさせなければいけない」と勇み立ってしまいがちです。
「勝つか、負けるか」という敵対的な関係でしか考えられないような相手なら、議論する価値はありません。憎しみをもって他人と対決しても、よけいなストレスをためるだけです。
(つづく)

No.102 『絶対に失敗しない愛とは』

子供がなつかないからといって、虐待する親がいます。そういう親たちは、原因と結果を取り違えています。
「なつかないから腹が立った」のではなく、「なつかないからといって腹を立てるような親だから、子供がなつかなかった」のです。
なついてくれれば可愛がるが、そうでなければ暴力を振るう。そんな利己的な親に子供がなつくはずがありません。

そういう親もまた、親から愛されずに育った犠牲者なのでしょう。
人は、子供のころに充分に愛されるという経験を通して、人を愛することができるようになります。
自分自身を尊重できる人は、他人と「どちらが優れているか」などと競い合ったりしません。自分も幸せ、他人も幸せ、と両者を認め合うことができます。
そういう人にとって、「他人を尊重する」ということは、呼吸をするのと同じくらいに簡単なことです。
(つづく)

No.103 『不安を解消するには』

恋人ができても、愛されている確信がえられない。
友人ができても、いつか嫌われてしまうのではないかと不安で仕方がない。
不安が先立ってしまい、人付き合いを楽しめない。
そのような不安は、どのように解消すればよいのでしょうか。

ここで、不安と恐怖を区別しておきましょう。
「不安」とは、まだ起こっていないことを予測して怖れることであり、「恐怖」とは、現実に目の前で起こっていることに対して感じる怖れです。
夜道をひとりで歩いているとき、強盗に襲われないだろうかと警戒することが「不安」で、実際に強盗に襲われてはじめて、「恐怖」を感じます。
(つづく)

No.104 『結果よりも過程が大切』

仲のよい友人同士が、ときに冗談で互いをけなし合うことがあります。
変に気を遣う関係よりも、軽い悪口を言える間柄のほうが、より親密だと考える人も多いでしょう。
自分が相手を本気で軽蔑しているわけではなく、相手もそれを判ってくれている、という強い信頼関係があってこそ、悪口も言い合えるのです。

人付き合いの下手な人は、まず「仲のよい友人同士は、悪口も言い合えるものだ」というカタチから入ろうとして、失敗してしまいます。
それほど親しくない友人に悪口を言ったり、度が過ぎた悪口を言ったりしてしまい、相手からはそれが冗談だと受け取られずに、「失礼な人だ」と敬遠されてしまうのです。
(つづく)

No.105 『自分の感情に従う』

友人たちと一緒にいても、「楽しんでいるように見せなければいけない」という義務感が先立って、心から楽しめない。学校のクラブ活動も、会社の仕事も、恋愛や結婚でさえも、「好きでやっているわけではない」という思いがあり、つねに不満を抱えている……。
人生のすべてが、まるで作られた映画を観ているようであり、生きている喜び、充実がまったく感じられない、という人がいます。

あらゆることを「仕方なくやっている」と思うことによって、責任を逃れようとしてしまうのです。
自分の人生を生きていないのですから、嫌なことはすべて他人のせいであり、自分はいつもかわいそうな犠牲者です。
他人に合わせ、他人から傷つけられ、ストレスをためこんで、それに耐えることが自分の使命だと思い込んでいるのです。
(つづく)

No.106 『愛することは選ぶこと』

誰にでも、異性の好みのタイプというものがあります。
よい恋愛をするための第一条件は、しごく当たり前のことですが、自分にとって理想的な人、本当に好きになれる人を選ぶということです。

しかし、この順序を間違ってしまう人がいます。
まず適当に相手を選んでから、その人を自分の理想の型に押し込めようとするのです。
自分で選んだ相手なのに、「なぜ〜してくれないの」「こういうところが気に入らない」などと、相手を責めてばかり。
「自分だけが損をしている」という被害者意識が強く、相手を疑い、警戒し、傷つけられないように自分を守ることに精一杯で、恋愛を楽しむ余裕などまったくないのです。
(つづく)

No.107 『いわれなき罪悪感を捨てる』

「成功不安」という言葉があります。人生において成功することは、喜ばしいことのはずですが、いざ自分が成功しそうになると、なぜか不安になってしまうのです。
試験のために猛勉強し、満点をとれるはずなのに、わざと間違った解答をしてしまう。理想的な恋人をえて、幸せの絶頂であるのに、自分から別れを告げてしまう……。
成功することを求めて努力してきたのに、心のどこかで、「私は成功してはいけない、幸せになってはいけない」とブレーキをかけているのです。

そういう人は、「子離れできない親」に育てられた可能性があります。
典型的な例が、息子をマザコンにしてしまうような母親です。息子の成長を願い、「早く結婚して一人前になりなさい」と口先では言っているのですが、本当に息子が結婚して独立しようとすると、あらゆる手を尽くして、それを邪魔しようとするのです。
(つづく)

No.108 『自分に自信をもつためには』

自分に自信をもつためには、何かを得る必要があると思い込んでいる人がいます。
もちろん、目標をもって努力するのはよいことですが、なにより重要なのは、その動機です。

他人からバカにされるのが悔しくて、必死で勉強し、一流大学に合格したとしても、本当の自信はもてません。それは、単なるさもしい優越感、虚栄心です。
今度は、自分より偏差値の低い学校をバカにするようになるでしょう。「バカにされる側」から「バカにする側」に移っても、ただ虚しさが残るだけです。
「学歴の低い人間は、バカにされても仕方がない」という前提そのものが間違っているのです。
(つづく)

No.109 『苦しみの原因を認める』

人は誰も、他人を傷つけずに生きることは不可能であり、意図せずとも他人に迷惑をかけてしまうことがあります。
自分が大学に合格すれば、そのせいで入れなかった人が必ずひとりはいます。
自分がある人と結婚すれば、ほかの人がその人と結婚する権利を奪うことになります。
自分が満員電車に乗れば、ほかの乗客がそれだけ窮屈な思いをします。
自分の正当な権利を主張することが、他人の権利を侵してしまうこともあるのです。

自分は他人に迷惑をかけながら生きている、という意識をもっている人は、健全な心の持ち主です。誰しもお互いさまなのですから、互いを認め合い、許し合うことができます。
互いに迷惑をかけながらも、それ以上の喜び、楽しみがあるから、人は関わり合いながら生きています。
良心があるから、罪悪感を抱くのです。その良心を大切にして生きていけばよいのです。
(つづく)

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